投資相場格言 ミミズも雲を得れば龍になる

ミミズも雲を得れば龍になる

福澤桃介(1868-1938年)は日清・日露戦争前後の大相場をか抜けた相場師で、

ダウ理論などの米国式の投資法と日本の伝統的な相場道を駆使した異色の相場師だ。

桃介は貧農のの次男坊と言いう冴えない境遇から脱するため、

21歳のときに「学問のすすめ」で知られる福沢諭吉(1835-1901年)の婿娘となり、

相場で稼いだ資金を手元に電力事業を興して「電力王」称された。

桃介が相場師になったのは、そのころ不治の病といわれた肺結核に倒れたときの治療中に、

「なにか病室でごろごろしながら出来る金儲けはないか?」と考えて思いついたもので、

桃介はそのときの売買で現在の金額で数十億円もの資金を稼ぎ出したからだ。

近ごろ慶応卒の著名人といえばジャニーズの櫻井翔さんが知れるが、

当時の桃介は今日で言うイケメンで天才肌の慶応ボーイで、

桃介が本業を投げ出して相場で荒稼ぎをしていることを知った諭吉は

「桃介は相場師になってしまった」と嘆いたといわれている。

それでも桃介は退院後も独自の相場観で相場を張り続け、

諭吉が亡くなるとその行動はますます大胆になり、日清・日露戦争前後の大相場では、

ダウ理論を活用した「買い」と「売り」の往復売買で、

現在の300億円に相当する資金を稼ぎ出した。

ミミズも雲を得れば龍になる。

これは人気の出たボロ株が急騰する様子を桃介流に解説したもので、

好機を摑んだ龍(銘柄)が、

雲(人気)を従えて天に駆け上がり、

地上の民(投資家)に慈雨(利益)をもたら姿に例えている。

桃介の投資法は、割安に放置されている銘柄を買い付けておき、

周囲の話題になったとき売り抜けるもので、

綿密な企業調査と徹底した逆張り投資で知られるマーク・モビアスの投資法とそっくりなところがある。

中国では道教の選任がミミズを「流の形に似て雲を興し、晴雨を知る能力をもつ」とミミズを「知龍」と呼んでいる。

桃介の投資テクニックの真骨頂は、数ある銘柄のなかかあら飛龍に変身するミミズを掘り出すことにある。

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