老子名言  11月16日

もし民が、死を畏れなかれば、

殺をもって脅すことなどできない。

しかし実際にはそういうことが可能であるから、

民は死を畏れている、ということになる。

もし民が、常に死を畏れるからといって、

殺をもって脅すような政治をする者がいれば、

それこそ、私がこれを捕まえて殺してしまおう。

そうすればそんな政治をする者はおるまい。

もし民が、常に必ず死を畏れるというならそれは、

常に殺を司る者がいるということ、

すなわち、人の死命を決定する目には見えない天の差配がある、

ということを意味する。

もし殺を司る天の差配になりかわって、

人為的に人を殺せば、

それは木こりの名人に代わって樹を伐るようなものだ。

そもそも、木こりの名人に代わって樹を伐る者で、

自らの手を傷つけないものはない。

殺によって民を支配するなら、

その惨禍は自分に降りかかってくる。

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