道にかなうことで、何ごとも
善く始まり、善く成長する。
心理に触れる道理にかなった言葉を聞いたときの反応で、
その人がどれほどの人物であるかが明らかになる。
優れた人は、道理にかなった言葉を聞くと、
努めてこれを実践しようとする。
普通の人は、道理にかなった言葉を聞いても、。半信半疑である。
尖った人は、道理にかなった言葉を聞くと、大笑いする。
そういう人に笑われたくないようであれば、
道理にかなった言葉だといえない。
それで格言に次のように言う。
『明るい道は、一見とする、暗いかのようである。
道を進んでいると、一見すると、退いているかのようである。
平らな道は、一見すると、ガタガタのようである。
最上の徳は一見すると、薄暗い谷のようである。
大いなる潔白さは、一見すると、汚れているかのようである。
広き徳は、一見すると、裏切りのようである。
素朴な真実は、一見すると、うつろようである。
大きな四角、つまり有徳者の広い心は、
どこまでも寛大であって、隅に届くことがなく、
大きな器、つまり優れた才能は、
どこまでも成長し続けて完成することがない。
大きな音は、もはや聞こえず、
天の姿には、形などない』
このように、
隠れていて名付けられるようのない道に従うことではじめて、
何ごとも、善く始まり、善く成長する。